2018年を振り返る

ここ数年思うことだけれど、年を越すことが大きなことって思わなくなった。3月から4月になるのに新年度だとかも思わないし、8月が終わるから夏が終わるみたいなことを思わないし、それと同じように、12月から1月になろうともただカレンダーをめくるだけ、と思う。紙のカレンダーは5年くらい使ってないけどね。

それでも、一つの区切りとして、1年を振り返るのもアリかなとも思うので、こんなふうに書いてみます。

2018年は平坦なようで、少しだけ上向いてきた1年だったと思う。

 

年の一番初め、1月、初詣のおみくじで凶をひいた。

2018年は強運でありたい

どれもこれもいいことが書いていなかったけれど、振り返ってみればそこまで悪い一年でもなかったようにも思う。ここ1,2年で、うまくいかなかったことや、失敗したことをあまり引きずらいようになったこともあるかもしれない。

うまくいかなかったことを引きずると、普段よりもさらに人当たりが良くなくなると思って、そういうマイナスのことを気にしないようになった。

逆に良いことがあった時は、それに自惚れ過ぎて次の場面で失敗をすることが多々あったことから、良いことがあってもそれを長く喜んでいることもなくなった。

感情の起伏がその先の結果に影響を与えることを覚えてから、平常心を保つことを覚えた。特にこの一年はそれが強くあったと思う。

 

ここから先は、「仕事」「旅行」「人」の3つのテーマで書いていく。

 

仕事編

2018年12月現在、一番の収入源はUber Eats の配達パートナーとしての報酬。1年前はUber をやるとは思わなかったな。

Uber Eats 自体は、東京で始まった頃にTwitterで使っている人が便利だということをつぶやいていたので知っていたけれど、横浜で始まった去年は全然知らなかった。

始めようと思ったきっかけは、次の旅行編でも書くけれど、今年5月に韓国ソウルへ行った時にUber Eatsで頼んで、便利なサービスだなと思ったことがきっかけ。

働く時間は自由、必要なものは自転車orバイク、報酬は週払い。始めたときは、こんな働き方があるんだなと思った。今後もしばらくは続けていきます。

 

今年一年で、短期的なバイトとかも含めいろんな仕事をしていた。

パン工場でバイトしたり、フォークリフトに乗ったり、継続的にときどき音楽系の仕事、Uber Eats配達パートナー、etc…

パン工場でバイトした話は以前記事にしています。もう二度とやろうと思わないけど。笑

パン工場でバイトした話

 

2018年に仕事について思ったことは、一つの仕事を月に20日くらい働くより、3つくらいの仕事をバランスよく働くことの方が自分に向いている気がした。僕はかなりの飽きっぽい性格なので、一つのことを続けるのがホント無理で、気分転換的に仕事を変えられるくらいがちょうど良い。

ルーティンワークというのが嫌い。毎日同じ職場で、仕事のサイクルが1日ごとの仕事をしてた時は、その仕事が本当に好きではないと長続きしなかった。と言っても、2年半くらい続いたこともある。短いと1週間もいかなかった。

 

数年前は給料が手取りで40万円/月くらいあったことがあるけれど、その頃に思ったことが、僕は30万円/月くらいの収入でやっと自分のやりたい生活ができると思った。40万円だった頃は本当に自分の時間を作るのが大変だった。月に3日だけ希望の休みが取れて、それ以外はほぼ休みなし。

お金と時間を天秤にかけて、僕にとってバランスが良いのは30万円/月くらいだなと思ったのです。現状では届いていないけれど、そのためのベースは2018年に作ることができたと思っている。

 

2018年はUber Eats に出会い、複業という働き方を知って、今後に向けての働き方のベースを作れた一年だったと振り返ります。

 

旅行編

僕は23才から1年に最低1回は海外旅行に行くようにしている。日本に飽きた、海外の空気を感じたい、外国語を勉強したい、そんなところ。でも、日本もまだ行ってないところも行きたいところもたくさんある。

 

今年もそこそこの回数旅行に行った。

3月、青森と北海道。

2018年3月旅行 その1
2018年3月旅行 その2
2018年3月旅行 その3
2018年3月旅行 その4 完

一度にいろんなところに行きたがるんですよ。行きは秋田県北の大館能代空港で、帰りは札幌新千歳空港から帰ってくる時点で少し変な旅程でした。

 

5月、中国・上海、台北、ソウルの東アジア3カ国周遊、ビジネスクラスの旅。

マイル旅の裏技?的な乗り方で、EVA、アシアナ、ANAのビジネスクラスを乗り比べた旅でした。が、途中台北の空港ラウンジで食べた食事で嘔吐してそこから先の旅程はグダグダ。

台湾・桃園空港のEVA INFINITY Loungeの食事で嘔吐した話

この嘔吐当日と翌日、ソウルではほぼベッドで過ごし、少し回復したところでUber Eats を頼んだところから今のUber Eats 配達パートナーとしての僕があるワケです。

海外旅行で初めて食べ物にあたったけれど、海外が嫌いになることもない。良い経験でした。

 

8月、ランドマークタワーのホテルに泊まる。

Blog には書いていなかったけれど、泊まりました。最上階。

8月に誕生日を迎えるので、ここ数年は毎年何かしら日常から離れたことをしてきました。バンジージャンプしたり、海外に行ったり、高級ホテルに泊まったり。

今年は特にやりたいことも考えてなかったけれど、6月から始めたUber Eats をやっている時に、ふとランドマークタワーを見上げ、「泊まってみたいな」と思ったのがきっかけ。

横浜在住だけど、ちょっとした非日常感を楽しみましたよ。

 

12月、思い立って北海道1泊2日。

たまーに、ふらっと旅行に出かけたくなる時がある。そんな感じです。

 

人編

人。僕はあまり好きじゃないです。

 

2,3年前に人との関わりをことごとく切り捨てた時があった。仕事関係で使っていたケータイは解約、LINEのアカウントも削除、その頃使っていたTwitter垢は鍵つけて放置。その頃は心が荒れ果てていた。

今年になって、すこし和らいできた心。1月にこんな文章を書いていました。

人間なんだから浮き沈みするのが当たり前。沈んだときに失ったものは、浮き上がってきたら取り戻せ。

最後に「また連絡してみます。」と書きました。連絡するのに、そこから11ヶ月かかりました。

2年ぶりに会って、思ったことはInstagramに書きました。

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#綺麗な写真に合わない暗いことを書くのでそういうのが嫌いな方この先を読まないで下さい。 . . . . . . . . . . . . . . 約2年ぶりに大親友と飲みに行ってきました。 . 大親友に会うのが2年ぶりって?と思うかもですが、この2年間は僕にとって黒歴史と言うくらいに暗黒な暗さを持っていて、どうしても会う勇気がなくて躊躇っていました。 . . やっとここ2,3ヶ月で人間らしさを取り戻しすことができて、今の状態なら会えるかなと思って連絡しました。 . もっとも連絡しようと思ったのは今年の初めくらいからずっと思い続けてはいました。 . 彼は連絡した時も、今日会った時も、いつも会っているように、「どうした?」とか聞かず2年前に会った時と同じように「久しぶりっす!」って挨拶してくれました。 . . どこかで彼はそういうことを気にしない人でいることをわかっていながら、もしかしたらそうでないかもしれないという思いを気にしながら今日会って、いつも通りに接してくれることに最初は罪悪感を感じながら普段通りを装っていました。 . でも、そんな自分が許せずホントの気持ちを(この2年間の気持ちとか、連絡するのに時間を要したこと)を伝えたら笑いながら、「〇〇(僕の名前)だから別に気にしなかった」って。 . 向こうからも連絡しようかと思ったけど、頼りにするような感じになるのが嫌だからしなかったって言って、本当に申し訳ない気持ちになった(僕が連絡を取らなくなったから)。 . . 今僕は時間的に遅すぎるのではないかという問題(問題なのかな?)に直面してて、そんなことに遅すぎることなんてなにもないのかも、ということを今日知った。 . 遅いなんてことはなくて、もとももそんなことは可能性自体が「0」だっただけであると思うことにした。 . . . 今までの僕は時に逃げることを肯定してたけど、直感で前に進むべきだと強く感じた。 . . . もうすぐ30年も生きているけれども、まだまだ人間としては一人前にはなってないし、一生生きてもこんなもんかもしれない。 . それでも前に進まなきゃ良い方向に進むことはないんだ、そういうことを思いながら、涙でスマホの画面が見えなくなりながらこの文章を書いています。

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一度失うと元どおりにするって大変だな。「壊すは一瞬、直すは一生」そんな言葉を思い出す。

まだまだ直さなきゃいけないものがたくさん残っているのです。これから先では壊したくないのです。

 

 

同い年って、かけがえのないものだと最近気付いた。近頃の僕は、話を聞いてほしい願望が大きくて、さらにそれに助言が欲しくて。そういう時に年下だと、経験値が少なくて思った答えがもらえない。逆に年上だと僕は畏まってうまく話ができない。だから同い年って必要な存在。

最近同い年を見つけて、話をしようと思ったけれど、誘い方が悪かったかな。音沙汰なし。

学校を出てから社会という場所では、同い年に会う確率も低くなった。学生時代の友達は大事にしなきゃダメだったな、とつくづく思う。

平成元年生まれ、探しています。

 

2019年は、、、

死んでもいいと思う。っていうくらいに、やりたいように生きて行きたいって思ってます。

大袈裟かもしれないけれども、大袈裟な生き方もしてみたいんです。今までが舞台裏の人間だったものを舞台上の真ん中にいる役回りになれるくらいに。

 

いや、でも死にたくはない。

「仕事」「旅行」「人」それぞれでやりたいことがある。それを2019年にどれだけできるかで、僕の2019年が素敵なものになるかどうかが決まると思う。

振り返るのは、未来のため。同じ失敗を繰り返さないため。死なないために。

 

2018年、生かしてくれて、ありがとう。

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